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メンバー体験記

2024 準指導員合格 佐藤指導員
2019 渡辺三郎さんを講師に迎えた基礎部練習 基礎部長
2016 再び渡辺三郎さんを講師に迎えた基礎部練習 基礎部長
2015 渡辺三郎さんを講師に迎えた基礎部練習 基礎部長
2014 やまがた樹氷国体参加 石川選手
2012 ぎふ清流国体参加 高山選手、佐藤選手
2011 正指導員合格 山崎指導員、あきた鹿角国体参加 八幡選手
2010 くしろサッポロ氷雪国体参加 石川選手
2008 長野かがやき国体参加 山本選手
2007 準指導員合格 山崎指導員、秋田わか杉国体参加 八幡選手
2006 準指導員合格 山根指導員、尾瀬国体参加 八幡選手

2024

準指導員合格 佐藤指導員

スキー準指導員検定会合格記 佐藤健一

 令和5年3月4日と5日、オニコウベスキー場で開催された宮城県スキー準指導員検定会において、準指導員の資格を得ましたので報告します。
 初日は開会式の後、10時から理論テストで始まりました。隣の席の人(200点中199点を獲得!)がカリカリと鉛筆を走らせていて、焦ること焦ること。覚えていたはずの単語が出てこない。60パーセントも正解できないのではないかと落ち込みました。 昼食後、気持ちを切り替えて快晴のオールデイフィールドの最上部に集合。検定最初の実技種目であるパラレルターン大回りに望みました。ゼッケン順にスタートし、「次、ゼッケン13番。準備してください。」と自分の番号が呼ばれ、「はい」と声を出して滑り出し。しかし、動きがぎごちなくてあおられ気味になり、なんとか丁寧な運動になるよう心がけてゴール。 そのゴール地点から少し下がって、2種目目の横滑りの展開。一番苦手としているのに、アクシデント発生でしばらく中断したこともあり、不安な気持ちがどんどん高まる中でのスタート。斜めから真下に方向を変化させるラインを見つけられず、指示されたところより高い場所から下方向への横滑りを始めてしまったほか、切り替えでエッジを引っかけ、暴走しかける板をなんとか押さえつけてゴール。 3種目目はプルークボーゲン。センターポジションを崩さないよう、後傾にならないよう、肩に力を入れないよう、回転数を間違えないように注意。グサグサの雪のなか、なんとか滑り降りたものの、動きはガチガチでした。 リフトで上がって、4種目目は大回りと同じ位置からのシュテムターン。回転数とストックワークに気をつけてゴール。練習では良い感じだったものの、本番ではバランスを崩して後傾気味。 次は得意としている(つもりだった)総合滑降。プレターンで前の受検者たちとコースがかぶらないよう端に寄り、ここからなら最大傾斜線を使えるはずだと右足に体重を乗せた途端、ズブズブと沈み込みはじめる板。頭が真っ白になり、スピードを落とさないことだけを考えて小回りに入ったものの、検定員の位置を見失い、中途半端な中回りをしながら探している内にゴールラインを超える。なんともがっかりの滑りになってしまいました。 以上で1日目終了。
 2日目の一本目は基礎パラレルターン小回り。動きを止めないように注意し、丸い弧になるよう心がけてゴール。総合滑降の失敗で、かえって気持ちを切り替えることが出来たのかもしれません。また、応援に来てくれた会長らの声がけや受検者同士の励まし合い、それに忘れてはならないのがItさんの差し入れで、同室の受検者たちと会話を楽しみつつ、早めにベッドに入ったことも良かったのだと思います。 次は7種目目、滑走プルークから基礎パラへの展開。回転数を数えながらターン途中で足を引きつけないように気をつけて、練習の時よりもスムーズに動けたと思います。 最終種目は不整地パラレルターン小回り。養成講習会と併せて2日間掛けて自分たちで作り上げたコブのコース2本のうち、好きな方を滑って良いはずでした。しかし、もともと積雪が少ないシーズンで気温も高かったので、自分が滑るつもりだったコースは土が出てきてしまい、滑らないようにとの指示。雪が柔らかくて重いなか、慎重にスピードを抑えて無事完走。高得点を出す必要はないので、とにかくバランスを崩さないようにと心がけ、終わった瞬間の開放感といったらありませんでした。 閉会式後に、合格者のゼッケン番号が読み上げられる形で合格発表が行われました。ゼッケン1番と2番は順調に呼ばれたものの、次は6人飛ばされて9番から14番まで。受検者15人中8人が合格でした。そんなに落とされるのか、あの人が落ちたのかと、心がざわつくなかで、自分の番号が呼ばれた時はうれしさよりも安堵感が一番先に立ち、会長らの顔が浮かんだものです。
 ここまでの間、クラブの応援はとても心強く感じました。差し入れの他、実技種目の2日間とも会長はじめ応援団に来ていただき、実技へのコメントの他にSさんからは撮影までしてもらいました。オニコウベスキー場がホームのIsさんからは激励を、夫婦で楽しんでいたHさんからは良い滑りだとのお言葉をいただき、筆記などの一日目の出来が悪くて落ち込んでいた気持ちを奮い立たせることが出来ました。 技術委員長からは個別に教えていただきましたし、自分が担当した練習会ではクラブ員の協力を得て検定種目の練習をさせてもらいました。また、毎年クラブで招聘している元ナショナルデモンストレーターの渡部秀文さんや渡部三郎さんから直接指導、助言いただけたことも自信になりました。 こうして自分なりに理解を深めて検定会に臨めたと思います。
もう一つ忘れてならないのは、いつもよりもスキー場に立てる時間を許してくれた家族の心遣いでした。
 さて、私が仙台アルペンクラブに入会したのは、平成13年に面白山スキー場でテクニカルプライズを取得してからです。SAJに登録しなければならないよと、当時スキーを教えてもらっていた方に誘われました。当時、仙台アルペンクラブは、面白山スキー場で毎週GSのポールを立てて競技部が練習していたほか、基礎部も含めてクラブ大会を開催していました。 入会時、プライズ取得者の割合は少なく、少し鼻高で生意気な新入会員だったと思います。
 入会直後から準指導員を受けないのかとよく聞かれたものです。月山合宿に参加したときには、当時の名誉会長から廊下で「来年は準指を受けなさい。」と口説かれ、「絶対いやです。強制するのであればクラブを辞めます。」と断ったこともありました。 人に教える時間があったら、自分のための練習をしたい、できるだけ本数を滑りたい、といった気持ちでした。
 そんな私がなぜ準指導員を受検しようとしたのでしょうか。大きく三つ理由があります。一つは、退職して心と時間に余裕が出来たかなと思ったこと。二つ目は、前年に準指導員に合格したTさんが、一段とうまくなった(失礼)こと。三つ目は、自分のスキーの成長が頭打ちになっていると思っていて、壁を越えたかったからです。 今後は、少しでもクラブに恩返しをしていきたいと思います。また、この拙い手記の掲載を認めていただいたクラブには、感謝しかありません。
 なお、以下に受検申し込みから合格発表までの、私の日程を掲載しておきます。理論から実技まで、宮城県スキー連盟のスキー専門員、技術員から直接指導を受けられる素晴らしい機会でした。 制度は変わっていくものですが、興味がある方の参考になれば幸いです。

令和4年 3月  :会長らに受検の意向を伝える(クラブの指導の始まり)
 5月ころ :組織部長に受検手続きを依頼
 7月30日:組織部長から、必要な資料の購入等の指示
 11月 9日:理論講習会申込締め切り(組織部長手配)
 11月27日:理論講習会【野村コミュニティセンター】
 12月14日:養成講習会申込締め切り(組織部長手配)
 12月30日:仙南ブロック養成講習会A日程【えぼしスキー場】欠席
 令和5年 1月 2日:仙北ブロック養成講習会A日程【オニコウベスキー場】欠席
 1月 7〜 8日:養成講習会【七ヶ宿スキー場】※8日は欠席
 1月15日:仙塩ブロック養成講習会A日程
 【泉ヶ岳スキー場雪不足のためスプリングバレースキー場に変更】
 ※8日の補完講習として受検者養成講習会受講確認書に鈴木専門員からサインをいただき、次回養成講習会時に提出
 1月22日:仙南ブロック養成講習会B日程【白石スキー場】
 2月 5日:仙塩ブロック養成講習会B日程【セントメリースキー場】
 2月12〜13日:養成講習会【オニコウベスキー場】
 2月19日:仙北ブロック養成講習会B日程【オニコウベスキー場】欠席
 3月 3日:仙北・仙塩・仙南ブロック養成講習会C日程
 【オニコウベスキー場】
 3 月 4〜 5日:準指導員検定会【オニコウベスキー場】

 最後に、この日程をとおし、あくまでも自分なりにですが、「スキー」に対する理解が進んだことを報告いたします。
時間的、金銭的な負担が非常に大きいので無理に勧めることはしませんが、私にとって、受検仲間を初めとして、得られたものは大きいものでした。
長々とした駄文にお目を通していただきありがとうございました。

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2019

渡辺三郎さんを講師に迎えた基礎部練習報告 基礎部長

今シーズンも、2019年2月3日セントメリースキー場にて、湯殿山スキー学校代表渡部三郎さんを講師に迎えて基礎部研修会を実施しました。これで5年連続になります。今回は、曲げ動作の目的と方法、状況とレベルに応じたスイングの活用方法などが主なテーマでした。ターン後半に斜め横滑りが入ってしまう事例について原因と改善策が詳しく説明され、それによって全員のテーマ理解が深まりました。最後にミルキーウェーコースでの三郎講師のフルカービング大回りを目に焼き付けて終了しました(シーン全体が入るように望遠を使わなかったので小さくなってしまいましたが、動画を掲載)。

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2016

再び渡辺三郎さんを講師に迎えた基礎部練習報告 基礎部長

 2016シーズンも、渡辺三郎さんによる講習会を実施しました。
 外足・内足・上体のポイント指導に加えて、ついに“くの字”もキーワードに復活しました。


2015

渡辺三郎さんを講師に迎えた基礎部練習報告 基礎部長

 2015年1月4日、基礎部は、SAJ新スキー教程の主編集者から最新のスキー技術を習得するために、湯殿山スキー学校代表の渡辺三郎さんを講師に迎えて練習しました。レジェンドの登場にスキー場内の他のクラブも注目。  講習では,プルークからシュテムを経て、深回りパラレル(低速と高速)まで,それぞれについて三郎さんの考える「ポイント」が非常に端的かつわかりやすく指示され、また個人別の助言も多くなされ、参加者一同の理解が深まりました。講習終了の時間が来ても、「クワット、もう一本行こう」というほどの熱心な指導を受けました。
 今回の成果から、基礎部では、来期も同様の企画を立てたいと考えています。
 基礎部では1月29日には、有資格者対象の講習にSAJデモ渡部秀文さんを迎えます。

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2014

第69回国民体育大会 −やまがた樹氷国体− 参加報告

競技日 2月23日(日) 成年男子C 石川 健史 (別画面で表示されます)

2012

第67回国民体育大会 −ぎふ清流国体− 参加報告

競技日 2月15日(水) 成年男子C No11 高山 領斌

 1月後半から練習環境がなくて、今回岐阜へ行く前に長野県菅平でトレーニングして行きました。 初日は本格的にトレーニングするのは久しぶりだった為、まったく滑れませんでした。トレーニングをしたバーンは、3〜4日前までナショナルチームの湯浅直樹選手が水をまいてトレーニングしてたので磨きがかかってつるつるに仕上がっていました。2日目は慣れてきましたが、思うようには体が動かなくて悪戦苦闘でした。少しポールトレーニングから離れていたことと、斜度もそれなりにあったので追いついていきませんでした。3日目はそれなりに感覚も良くなり、体も急斜面の対応もおぼえてきていい感覚で終えました。その日は昼まで滑って、午後から移動して岐阜県へ向かいました。

 岐阜県のほうのき平スキー場の大会コースは非常に平らと聞いてましたが、途中はほぼ真っ平らでスピード感はなくクローチング勝負のコースだと思いました。しかし、下地は固いと思うのでそれほどは荒れずにまずまずいけるかなと、コースをみての印象でした。現地でのトレーニングは東北ブロック合同でのトレーニングでしたので、人が多く1本1本集中して滑りの感覚を良くしていくように心がけました。自分としては、調子というより滑り自体が思っているように滑れなくていまいちでした。大会前日のトレーニングでなんとなくフィーリングが良く、自分では10位前後の滑りだと感じてましたので8位入賞までは本番当日の滑り次第かと感じました。

 レース当日アップではまずまずの仕上がり具合でした。当日のアップでようやく勝負が出来る滑りにもってこれてギリギリでしたがなんとかいけそうかというレベルまでもってこれたと思います。天候はコースの半分までは霧が濃く2旗門先はみえなかった状況でした。スタートしてこいですぐくみました。イメージ通りでしたがいまいち見えなかった為2旗門目で手を引っ掛けてストックをはずしました。くみながらなおすことができたのでよかったのですが、焦ったせいか調子がまずまずだったせいか、ラインがまっすぐ攻めすぎて真っ平らに入る前にポールが真横にあるくらいあふれてしまい、なんとか入るので精いっぱいで、その後はご想像通りまったくスピードもなく自分でがっかりしながらゴールしました。

 今回はゴールに中間タイムが出てましたのでゴールで見てたコーチのお話しでは、自分が滑る前の選手は33秒代で自分は35秒後半のダントツの遅いタイムだったみたいです。やはりすでに中間の失敗が響きそのままのタイム差でゴールまできたと思います。

 去年は入賞まで0,7差の13位、今年は入賞狙えて失敗しての29位と、改めてレースでの難しさ楽しさがありました。また来年出直して国体出場目指してスキーに取り組んでいきたいと思います。今後ともご協力いただければ幸いかと思います。ありがとうございました。

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第67回国民体育大会 −ぎふ清流国体− 参加報告

競技日 2012年2月15日(水) 成年男子C BibNO.57 佐藤裕貴

 初の国体出場なので、出場が決定してからは、楽しみ&ワクワクな気持ち99%と、自分がどのくらいのレベルなのかという不安1%で毎日を過ごしました。なんと言っても「代表」なので、それはそれは自ずと心構えも変わってくるもので。とにかく先ずは体調を崩さない・怪我をしない、それだけを普段以上に意識した日々でした。

 レースは15日なのですが、事前トレーニングに参加のため12日の夜から現地入りしました。宿の入り口には「歓迎 宮城県選手団様」の看板が。ちょっと盛り上がります。その後、ビブをもらい、テンション↑↑。やるっきゃない!という気分で就寝…。

 13日・14日は朝からトレーニングとコースオープン1本。同じエリアに4セットの旗門が張られていて、その中の1つ、東北ブロックでのセットでトレーニングをしました。ポールの中を滑っている人、セット以外の場所で滑っている人もいますが、みんな上手です。考えてみれば皆国体選手。上手で当たり前です。改めて自分が今いる場所を実感した瞬間でした。コースオープンで本番コースを滑った感想としては、途中(全体の1/5弱くらいあったか?)に「まっ平ら」な場所があるため、如何にスピードを繋げたままその場所へ突っ込んでいけるかが、大きなポイントになることは分かりました。加えて後半に急斜面が全体の半分続くため、筋力・体力が最後まで持つかどうか、気合が重要だと思いながら、2日間のトレーニングを終了しました。
(余談ですが、いよいよ本番前夜!!!気合を入れたい晩御飯は!!なんと、カレー。皆の表情は…ご想像に難くありません。)

 15日はいよいよレース本番です。天候は曇り。快晴だったら嬉しいのですが、吹雪いていないだけ良しとしましょう。会場は地元岐阜の選手を激励する個人ごとののぼりがあったり、地元の人々(特に小学生とか)も応援にきてくださったりして、大会のムードを盛り上げています。成年男子Cの出走は午後なので、午前中は軽くトレーニングバーンで調整したり、ちょっと成年男子Aのレースを観たりして、「その時」を待ちました。インスペクションも終え、いざ出陣!ということでスタートエリアへ。猛者がゴロゴロしています。何故か腕立て伏せをしている人も…。(因みにこの人が優勝した小林選手でした。)第一グループにいるような人たちは常連だからでしょう、和気藹藹と談笑しており、見た目にはピリピリした緊張感が発せられていないのは意外な感じでした。

 レース開始です。あいにくスタート地点には霧が立ち込めてきてしまいました。霧はどんどん濃くなってきて、選手は霧の中に飛び込んで行っています。まっ平らな緩斜面への直前の旗門が若干振られていて、フォールラインも変わる感じで緩斜面へ入ることになるという、既に終了した女子の選手をアドバイスを意識し、スタート台へ。霧はますます濃くなってます。スタート。4旗門目を過ぎるあたりから、少なくとも自分には次の旗門すら見えず。霧のせいなのか、やはり大会の雰囲気に呑まれていたのか、今となっては知る由もありませんが、ポールの根元に撒いてある青と赤の絵の具(?)で、次のポールの方向を目星をつけ進入。思うようには滑れないものです。そして…やっちゃいました。緩斜面への進入失敗。その後のまっ平らな緩斜面(8旗門くらい)はノロノロと、悔しさやら反省やらいろいろ考えることすらできるスピードで、最後の急斜面へ突入です。

 この緩→急の斜面変化の場所は「エアターン」と呼ばれているらしい(スピードが出ていると飛んじゃうんでしょうね)のですが、当然、地に足をつけたままの進入でした。ゴールエリアではこの地点での中間タイムが表示されていて、ゴール後に確認したところ40秒台でした。他県の選手で普段同じくらいの人が36秒台だったことを考えると、どれだけ痛恨のミスをしたのか、改めて悔やまれます。

 急斜面は何とか気を取り直して、少しでも良い滑りをしようと頑張りました。最後の最後に意識したのは「転倒しないでゴールする」ということだったので、最後の数旗門は攻めていたのかと言うとちょっと微妙ですが、何とか無事にゴールしました。タイムは1分22秒22。リザルトは81位でした。

 国体という場を経験できたことや、国体出場を契機に、県の内外を問わず多くの方と知り合えたことは貴重な財産になります。とは言え、目指していた成績には全く及ばず、リザルトだけで言えば悔しい成績に終わったことも事実ですので、この気持ちを胸にオフシーズンのトレーニングを積み、来年も国体出場が出来るようにレベルアップしたいと思います。そしてこの「借り」を返してこようと思います。

 ご声援ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

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2011

公認スキー指導員検定(田沢湖) 合格報告

基礎部 山崎 恭正 (別画面で表示されます)

第66回国民体育大会 −あきた鹿角国体− 参加報告

あきた鹿角国体

成年男子C 八幡 健吾

 今回の「あきた鹿角国体」では、残念ながら怪我により本番の滑走すらできずに終わってしまいました。せっかく応援いただいていた中で、良い成績を報告できずに残念です。
 会場の「花輪スキー場」は、国体の後にインカレを控えているだけあり、バーンの状態もよく、程よくエッジの噛む最高の状態でした。本番前日のアップバーンの練習では、急斜面の本番を想定した細かなセットで行われ、スピードが出て本番さながらのレベルの高さを感じる中で行われました。
そこで一瞬バランスを崩し、転倒をこらえたところで右足のふくらはぎを痛めてしまいました。 宿に帰ってからも痛みが増し、帯同のドクターに「ふくらはぎ肉離れ」と診断され、痛み止めとテーピングで「いけるところまでやろう!」ということになりました。
 本番当日はテーピングでぐるぐる巻きにしてもらい、インスペクションも行って本番を待つのみの状態まで行きましたが、フリー滑走ですら痛みがあって力が入らず、「この急斜面をこの状態で滑り降りられるのか?」の葛藤の中、これ以上の怪我となる恐れもあり、残念ながらキャンセルすることとしました。
 今回の国体は準備不足の一言に尽きます。オフトレも満足にできず予選を向かえ、挙句に怪我で本番をキャンセルと、バタバタのまま終わってしまった国体でした。来年は今回のような不完全燃焼とならないようしっかりと練習し、でも楽しく滑り続けたいと思います。

(実は...本番当日、ワンピに着替えているときに、首にかけてる携帯のストラップが「ブツッ!」と切れたことも、少なからずキャンセルの理由になったかも(汗)...)

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2010

第65回国民体育大会 −くしろサッポロ氷雪国体− 参加報告

成年男子C 石川 健史

 国体出場にあたり壮行会までひらいていただきましてありがとうございました。大変、遅くなりましたが国体の報告です。
 成績についてはご存知かとは思いますが125人中85位でした。競技は2月26日(金)の予定でしたが、濃霧のため27日(土)に・・・
27日は晴天で冷え込みバーンは青氷で最高のレース日和だったと思います。 草レース程度の経験しかない私には本当の競技の雰囲気を味わえたのは非常に良い経験になったと思います。 本番はなかなか思うようには滑れずポールに腕をとられ、急斜面で2度も尻もちをつき(そのうち1回は完全に止まってしまいました)なんとか完走はしたといったところです。

 まだまだ課題は多くレベルの差を感じた大会でした。
 今回の大会にひとつの自信になるとともに、新たに違う世界があることを実感しました。今後も技術的にレベルアップできるようがんばろうと思いますのでご指導よろしくお願いします。

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2008

第63回国民体育大会 −長野かがやき国体− 参加報告

成年男子C 山本 年明

 長野県野沢温泉村にて開催されていました『長野かがやき国体』の参加報告をさせて頂きます。超大作です、飽きずに読んでください。

◎先ずは荷造り。
 事前合宿も入れると7泊8日の超ロングステイ。荷造りの下手な私としてはその量に『箪笥ごと運んだ方が早えんでねーべが』と思う。荷造り後は何か大事な物を忘れているような気がして、私には無い後ろ髪を引かれる思いに駆られっぱなし。

◎移動は当然、車。
 大量の荷物を載せ、白石で高速にのり、東北道→磐越道→北陸道→上信越道と高速を4つ乗継ぎ、豊田・飯山ICで国道117号線へ。まさかこの番号が自分のビブbノなっているとも知らず。道中2回の休憩で約6時間。

◎野沢温泉と宿とビブ。
 温泉街をきょろきょろしながら道なりに進んで行った奥に宿発見。宿の内湯は小さいながらも掛け流しとの事。野沢温泉には無料の外湯が13箇所もあり、外湯巡りを楽しむんだそうな。温泉街は外湯だけでなく何やら色んなものがありそうで、楽しいコントレになりそうな予感。宿に着いたその日にビブが渡され、ついさっきまで走っていた国道と同じ『117』にビックリ。道中、地図や標識を見続けて来ただけに妙に親近感。

◎さて食事。
 宿では朝夕の二食付き。食事風景を見ていると若い人程小食で、特に朝は出ている量の半分も食べていない。それで一日もつのかと思う。その点、成年B組やC組は流石。出された物は殆ど平らげていました。やっぱり、出された物はちゃんと食べないとね(昭和を感じる)。お昼は千円分のチケットが一人一枚渡され、チケット裏面に記載のお店でのみ食べられる仕組み。千円を超える場合は超過分を現金で支払えばOK。日替わりでお店を変え、あっちがどうのこっちがどうのの話に花が咲く。

◎野沢温泉スキー場カンダハーコース(写真添付)
 カンダハーコースは競技専用コースで普段から一線を画すため、選手等大会関係者専用としても一般の方に迷惑が掛からない。その代わりリフト乗車にはビブ着用が義務付けられていた。

◎事前合宿
 1日目
 (2/16) 大会(東)コースが開放され、各県各クラスの選手がそれぞれ好き勝手にフリー滑走に没頭する。緩斜面から急斜面への斜面変化の所では、どう滑っても飛ぶため、ちょいとビビる。
 2日目
 (2/17) 前の晩からの大雪が降り止まず、大会公式スケジュールが全てキャンセル。コースを見てきたコーチ曰く『ピステまで埋まってましたよ』この日の西(練習)コースは北海道東北ブロックが割当てられていました。結局、北海道東北ブロックは斜度のある西コースでのポール練習は出来ず仕舞いで本番を迎える事となり、この日の大雪が悔やまれました。
 3日目
 (2/18) コースオープン。各クラス毎にスタート時間が決められ、15秒間隔ではあるが本番さながらのスタート音(プップッポーン)で一人ずつ大会コースに飛び出していく。そこで競技部長のアドバイスを思い出す。『コースオープンは本番を想定したターン数で滑らないと意味無いよ』流石でござる。

◎コントレ
 タウンマップ片手に温泉街の散策&探索&外湯巡り。滞在中に13カ所制覇を決意。一日最低2カ所は巡らなければ。時間を見付けては外湯コントレに専念。それが良かったのか、野沢温泉滞在中は持病の腰痛が一切出ませんでした。ちょっと驚きです。

◎国体開幕
 1日目
 (2/19) AM:コースオープン。スタート時間が違うだけで前日同様。
 PM:開始式。体育館での開催の為、入場制限があり、アルペンからは少年組が参加する事に。
 2日目  (2/20) AM:【成男A】若さに溢れた滑りを見ているだけでワクワクする。 翌日の自分の滑りの足しになればと食い入る。上位選手はゴール直後、そのままゴールエリア脇のマテリアルチェックハウスへ。
 PM:【成男B】注目の彦選手登場。流石の滑りも惜しくも7位に。 ランキングボードからビブbェ消え残念。ところが6位の選手がマテリアルチェックで失格との事。彦選手の繰上6位に喜びつつ、恐るべしマテリアルチェック!
 3日目
 (2/21) AM:【成女A】吹雪で始まったレースも終盤には晴れに変わる。『あまり荒らさないように滑ってくれよ、同じコースをうちらも滑るんだから』と思いつつ観戦。
 【成男C】さあ、いよいよです。50番台梅津君スタート。80番台四釜君スタート。徐々に緊張感が増すも119人中117番スタートで、ちょっと時間を持て余し気味というか間延び気味。それでも遂にスタートバー前に。フィッシャー のスタッフとしてスタートハウスに入って居る彦君から『ガンバッす』の一声。 意外とハッキリ冷静に周りが見えている自分に驚く。カウントダウンが始まり、ピッポーンのタイミングを合わせ一気にスタート!渾身の力で漕ぎ続け、すかさずクローチング。

写真満載の2ページ目へ続く  (別画面で表示されます)


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2007

準指導員合格体験記

準指合格

準指導員検定にチャレンジして 山崎恭正


 スキーの指導員に憧れを持ったのは、幼少時代にかよったゲレンデでインストラクターの華麗な滑りをみたことがきっかけでした。この頃から、子供ながらにスキージャーナルを買い、どうすればうまくなれるのか考える等、いまから考えると、スキーについてませた子供だったように思います。
 その後、社会人になって「自分の中ではうまいはず」と思っていたが、初めて受けたバッチテストで厳しい現実を思い知ることになりました。級別テストの2級は4回目で合格、1級に至っては5回受験し、なんと2年がかりでやっと合格する程苦労しました。この苦労と並行してスキーでの怪我が始まりました。
 右膝の半月板骨折、靭帯損傷、右肩脱臼、右肩骨折など。ある人から「スキーに向いていないのではないか」と言われたことさえありました。
 でも怪我で動けない時、窓から雪が深々と降る光景を眺めていると、スキーがしたくていてもたってもいられない自分がそこにありました。情熱だけは失うことはできなかった。
 そんな「苦労人」の私が指導者になれるのか自分自身迷いがありましたが、クラブの先輩から「技術的なことは指導するから心配するな」と心強い言葉を受けて決意しました。
その後、検定会までひたすら練習の日々でした。

残念ながら、今年の1月も自分の不注意で、左足の肉離れをしてしまい、1ヶ月は練習ができないハンディがありましたが、クラブの練習会では、心配して指導員がつきっきりで基礎種目を中心に指導してもらいました。
また合宿では、普段は見ることができない自分の滑りをビデオで撮ってもらい、滑りのひどさに挫折しながらも自己分析しました。
おかげで多くの欠点が発見でき、技術の向上につながりました。

蔵王えぼしスキー場の検定会は、自分よりはるかにうまい方が多く不安もありましたが、スキーにかける情熱だけは誰にも負けない気持ちで頑張りました。また当日は、天候に恵まれ、前向きに自分の技量を出し切ることができました。
その成績、バッチテストで何度も挫折した私が1発で合格する快挙に結びつきました。
今後指導者として技術や経験を積んで更に自分のレベルアップをしていきたいと思います。ここまで苦労が多かったことから、自分の理想とする滑りは「安全性で楽しさを両立させた滑り」を目指しています。当たり前のことですが、「怪我をせずに上達する」ことが大切です。怪我をした場合、自己責任は当然ですが、場合によっては「無理をさせた」指導者にも責任があると考えます。
かつて自分自身がそうだったので、生徒になる方には怪我で楽しいはずのスキーシーズンを棒に降ることがないよう、指導していきたいと考えています。

練習会では、鈴木会長、亀森名誉会長をはじめ、多くの方々からご指導いただき感謝申し上げます。また、検定会当日は、サポートに来ていただいた方々にも感謝申し上げます。未熟ものですが、今後は指導者の立場でクラブ活動に積極的に参加していきますので、よろしくお願いします。簡単ですが、皆さまへのご報告と御礼とさせていただきます。

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第62回国民体育大会 −秋田わか杉国体− 参加報告

田沢湖国体

成年男子C 八幡 健吾

 2月10日から13日まで秋田で行われた「秋田わかすぎ国体」について報告させていただきます。天候に合わせレース成績も荒れたものとなってしまい、途中棄権に終わってしまいまた。でも、自分としては攻める滑りができた成績なのでそれほどがっかりはしていません。詳細は以下のとおりです。

田沢湖スキー場
 おそらく皆さんも滑ったことがあると思いますが、田沢湖が一望できるとても景観の良いスキー場。事前合宿では快晴に恵まれとても気持ちよかった。

地元の応援
 国体初日の食事の時に、地元の蜂蜜販売の会社の方が激励に来てくれました。仙台で学生時代に過ごしたとか、部活の試合でお世話になったなど、宮城県に好感を持っていてくれて、人のつながりやちょっとした出会いも大切だなぁと感じた。

食事
 毎晩、囲炉裏で食事。鮎の塩焼き、しょっつる鍋、きりたんぽ鍋、鴨の網焼き、etc...。最高だけどお酒抜きの生殺し状態。配膳のおばちゃんは「また来てお酒飲んでください」だって。絶対行く!

生田康弘選手
 アジア大会アルペンスキー2冠の生田選手も秋田県から参加。滑りに精彩を欠き残念ながら4位に終わった。ずいぶんと過密スケジュールだったらしく、アジア大会から直接国体に来たらしい。
秋田の選手は金メダル2個を見せてもらったそうだ。

チューンナップ
 今回選手として久しぶりに参加した「高山領斌」選手はチューンナップショップ「シュネー」を経営。エッジを研いでもらったら見違えるような板に変身。丁寧な仕上げはさすがです。皆さんもぜひご利用ください。

大会コース
 スタートから中斜面が続き、緩斜面の後、急斜面でゴール。バーンの状態があまりよくなく、ゼッケンの遅い選手はかなり荒れたコースとなった。トップ選手で1分10秒弱。やはり相当に厳しいコース。(らしい。途中棄権だったので、あまり疲れず。Σ( ̄ロ ̄lll))

レース内容
 コースの上3/4がガスと降雪で視界不良。おまけに荒れたコースで、参加選手の約1/4がコースアウトの大荒れのレースとなった。スタートから10旗門程度がスピードを抑えるような振り幅の大きいセットで、その後少し真っ直ぐのセットとなり、攻めの滑りに切り替えたとたん、ドカン!と穴にはまり前転&ヘッドスライディング!!こんな大失敗は久しぶり。でもガスのおかげで誰にも見られなかったかも。(この醜態は旗門係員と私だけの秘密です)

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2006

準指導員合格体験記

基礎部 山根 一陽

 『一緒に滑る仲間を探したい!』、『我流ではなくキチンとしたテクニックを習得したい!』という思いからスキークラブを探していた3年前、練習会に関する問い合わせメールへの返信を一番最初にくれたからというのが縁で仙台アルペンクラブの練習会に参加しました。

 初めて参加した練習会では、アットホームな雰囲気ながら適切なアドバイスがもらえる練習スタイル、コブや深(新)雪などのスキーの楽しさを貪欲に追及する滑りのスタイル(これは人によるか?)、雪山以外も積極的に楽しむ飲み会スタイル、などに魅せられた記憶があります。

 それ以来、スキーにすっかりはまってしまい、クラブの指導員の方々の個性豊かな御指導&シーズン30〜50日という一般的には豊富な滑走日数(どうやらこれくらいの滑走日数はそんなに多くないらしい。)のお陰で1級、テクニカルと順調に取得してきました。
そして入会3年目を迎える05/06シーズン、とうとう準指導員の試験を受験し、無事に合格することができました。折角の機会ですので、今後受験するであろうK.Sさん(二人くらいいる気もする)、M.K夫妻さん等のため(?)にここに体験記を記します。

 準指導員の試験は、本格的なシーズン前の11月後半に開催される第一回目の理論講習(1日)から始って理論&実技養成講習会(1〜2月)が計6日、さらに理論&実技試験(3月)を受けるという1シーズンをフルに使った非常に長丁場の試験です。

 実技試験種目は、カービングターンなどの実践種目とプルークボーゲンなどの指導種目の2つに大別されます。大抵の場合、準指試験では指導種目がきちんとできるかが合否を分けます。なぜなら、普通、ある程度うまくなるとフリーで滑っていてプルークボーゲンやらシュテムターンなどはまずやらないので、『じゃあプルークボーゲンやってみろ!』と言われてもなかなか上手くできないからです(涙)。

 そういう訳で、受験生は合格するために(良い指導者になるために?)、シーズンを通して指導種目の練習に励むことになります。特に、2月中旬から後半にかけては皆必死に練習します。その時期のスキー場では、いかにも受験生ですっ!というオーラを出しながらプルークやらシュテムの練習をしている人を見かけるようになります。

 僕も例に漏れず指導種目を中心に練習しました。クラブの指導員の方々に日帰り練習や合宿で滑りをみっちりと見てもらいましたが、ようやく種目が理解できたのは試験の1週間くらい前だったと思います。それまでは、本人はうまくズラせているつもりでも、シュプールを見るとアレッ!?。。。という感じでなかなか上手く滑れませんでした。(今にして思うと、種目に対する理解が不十分だったので、当然の成績だと思います。)クラブの指導員の方々から、指導種目がなんとか形になったと言ってもらったときは本当にうれしく、ホッとしたのを覚えています。

 試験当日は遠路はるばるクラブの方々が応援に来てくれました。準備期間が非常に長い試験なだけに独特な緊張感が漂うのですが、スタート直前のリラックス用のお茶(by K夫妻)などにより(?)、制限滑降で転ぶ!!などのアクシデントに見舞われながらもなんとか2日間無難に滑ることができました(詳細は下に)。

 そうそう、試験で忘れてはいけないのが理論です。これは大変です。膨大な量のSAJ教程なるもの暗記しなければなりません。もうこれについてはとにかく暗記あるのみです。(試験前日に徹夜で勉強した人もいたとか、いないとか。)
 成績は、無事に合格!!シーズンを通した長丁場な試験だけに本当にうれしかったです。今回の準指受験受けるのに際し、クラブの方々には本当にお世話になりました。この場を借りて、改めて感謝したいと思います。また、一緒に受験したMさん、2班の皆、本当にありがとうございました。良い仲間に恵まれたことが今回の受験の成功の要因の一つだと思います。

■実技試験詳細(オニコウベスキー場,2006年3月3-4日)
●一日目
 第一種目:シュテムターン(テールコントロール。4ターン以上):全体を通しての第一種目であったため、受験生全員が非常に緊張していた。コースが短く3ターンしかできない人もいたが、なんとか4ターンして演技終了。まあまあかかな?というのが本人の感想。
 第二種目:大回り(トップ&テールコントロール、6ターン以上):上下動をしっかり表現(したつもり)し、なんとか平常心で滑走。ビデオでみると、少し上に抜けている感じ。ん〜、イマイチかも。
 第三種目:大回り(トップコントロール、6ターン以上)・第四種目:中回り(トップコントロール、6ターン以上):とりあえず、持てる力は出し切り演技終了。まぁ、OKかな?
●二日目
 第五種目:制限滑降:二日目第一種目。見事に転倒!!クラブの応援者からはため息が漏れる。。。
 第六種目:小回り(テールコントロール):Kさんの指導のお陰で、自信をもって望めた種目。シーズン初めからは考えられないような本人も納得の滑りで演技終了。
 第七種目:プルークボーゲン(テールコントロール、6ターン以上):とりあえず前日に、指摘された点(下を向かないこと!!)にだけ注意を払って滑走。硬くなってしまったが、実力はだせたかな。
 第八種目:プルークターン(トップ&テールコントロール、6ターン以上):難関種目。検定委員の先生方の粋なはからいで、午後一から演技開始になったのでお昼を早く食べて練習。。。しかし、逆にガチガチになってしいまい、今回の検定のなかで制限滑降の次に納得のいかない滑りになった。
 第九種目:不整地小回り(トップ&テールコントロール):比較的簡単なコブ斜面で実施。転ばないようにだけ心がけて無事に完走。最終種目なので、演技が終わるごとに拍手喝さいが起こる。

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第61回国民体育大会 −尾瀬国体− 参加報告

尾瀬国体

成年男子C 八幡 健吾

 先日群馬県片品村で行われた「尾瀬国体」について報告させていただきます。新聞などで見ていただいた方もいらっしゃるかと思いますが、26位でした。昨年より若干下回ってしまいましたが、何とか第2シードは守れたのでほっとしています。詳細は以下の通りです。

尾瀬岩鞍スキー場
 規模はそこそこであったが、何よりそのレイアウトやコース設計が素晴らしかった。どこのコースを滑っても気持ちいい斜面に造られており、滑走後の満足感が高い。ちなみに、良い天気が続き、遙かなたに富士山が見えました。

群馬県片品村
 その奥には「はるかな尾瀬」があるだけに、かなりの山間であった。仙台から5時間程度。途中、「足尾銅山」のあるあたりは本当に何もない谷間って感じ。「尾瀬岩鞍」の他に「尾瀬戸倉」や「丸沼高原」などが隣接している。

開会式
 体育協会会長の「森喜朗前首相」が偉そうな?顔で入場選手を出迎えてくれました。

原田彦選手
 今年もやってくれました。4位入賞!激戦の成年B(28歳〜34歳、全体での最速クラス)においての入賞は素晴らしい!

大会コース
 スタートから5〜6旗門で大きく左に旋回し、中斜面を10数旗門後、再度左旋回、中急斜面を10旗門程度後、今度は大きく右旋回して10数旗門でゴール。長い...。私のタイムで1分15秒弱。年寄りクラスには厳しいンでない?おまけに当日、スタート地点は快晴なのに、中急斜面から雲海に突入し、2〜3旗門先がやっと見える程度の状況。天気も厳しい。景色は素晴らしかったけど.。もっとおまけに前日積もった20cmくらいの雪がコース脇に残っていて、コースを外れると撃沈される状態。これでコースアウトの人が多かった。

レース内容
 前半の中斜面でタイミングが遅れてしまい、取り戻すのがやっとの状態になってしまった。後半は良いリズムになったが、終ってみると全体的に攻め切れなかった。自転車を使ったオフトレの効果?か、体力的には昨年の安比国体に比べると何とかなった分、とっても残念!!練習は良い感じだったのに、やはり、スキーって難しい。だから面白い!?

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